2010年11月25日木曜日

国際化のススメ(就職活動編)

一段と厳しい日本の就職活動の内情を以下の記事で会間見た気がした。

http://diamond.jp/articles/-/10105

もちろん、私は現場に直接身を置いているわけではないので、「指導」、「批評」などと偉そうなことを言うつもりはない。ただ、アメリカをはじめ、私が知っている他の多くの国の常識に照らし合わせた結果、以下の「違い」に気がついたので書き留めておきたい。

(1)「新卒」と「既卒」の価値。
これは「日本独特」の価値観だと強く思う。アメリカでは「卒業か中退」の違いは認識されるが、「今年卒業」と「去年卒業」の(就職活動優位性に関する)大きな違いは見受けられない。それよりも重要なことは「経験」と「技量」。そして「人間性」である。

(2)「新聞を読まない」即ち「社会情勢に疎い」。
20年前ならば同意したと思う。でも、インターネットに情報が集まる昨今、社会情勢の把握に関する情報源としての「新聞の価値」とはいかほどであろうか。少し短絡的な思考なのではと感じた。確かに、特定の会社の新聞広告は新聞を読まなければ目にすることはないと思う。でも、インターネット上のニュースの速伝性や多様性は最低認めるべきであろう。一歩踏み込んで「情報は自分で得る」時代の認識に立って学生の評価をしてみては如何なものか。

(3)会社訪問や面接。
これに時間をとられて大学の講義やゼミを欠席しがちとあった。まず疑問に思うことは「そんなにたくさんの面接や訪問のための時間が必要なのか。」ということ。そして、電話やインターネットビデオチャットなどを有効活用することで移動の時間的や経済的な負担を減らせないかということ。これは学生と会社人事の双方の理解と歩み寄りが必要である。しかし、「就活のために勉強ができません。」はどう考えても言い訳にならないと思うし、憂慮すべきことである。もしこのような状況が一般的なのであれば大学、企業、そして政府も交えた本格的な対策が必要であると思う。

(4)雇用形態による職歴の差別。
正社員、準社員、派遣社員、契約社員など、雇用形態は多様である。しかし、過去の職歴においてこれら「のみ」で差別(無視)するのはなぜ。職歴の差別化は職務の内容」や与えられた「責任」によるもののはず。

(5)(不)採用基準の(不)透明性。
程度の話なのだが、「人材に何を求める」のかは求人広告にはっきりと書くべき。そして、「どの項目」に関して足りなかったのか明確な説明があるべき。法整備である程度の「説明責任」を雇用側に課してもいいのではないだろうか。被雇用側(即ち就職活動者)は、逆にこれを「いい会社選び」の基準にしては如何がでしょうか。


「こんなこと分かりきっている。」、「こんなこと考えても何もならない。」などとお考えの方が多いと思います。ごもっともです。但しそれは「日本」ではの話です。「日本の非常識は世界の常識。」などと昔から言われているように、外から見れば「おやっ」と首を傾げたくなるようなことがよくあります。就職活動の件もまた然りです。

日本がいい国であることはよく分かります。しかし、もし日本に良い機会がないのであれば外へ目を向けては如何がでしょうか。そしてグローバル化がここまで進んだ今、政府も「労働力の輸出」を支援することを検討すべきではないのでしょうか。まずは「語学」と「異文化での生活」に関する訓練と海外の就職紹介から。


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